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縄文人の食生活は?農耕はめんどくさい?

目安時間 3分

フラワーヒーリングセラピストの希依です。   

有史以来の食文化としてのクワを
少し前まで調べたりしていましたが、現在は有史以前のことを調べています。
縄文時代って調べれば調べるほど面白いですねえ〜

縄文時代の主食になっていたとされているのがクリやクルミ、トチノミ、ドングリなど木の実です。

アクのあるものはしっかりと抜く方法も知っていて、
アクを抜き、粉にして、おかゆや団子にしていたそう。

確かにドングリの中のマテバシイとかスダジイは
アクも少ないですし美味しいですよ!
秋になったら拾いに行きたいくらいw

アク抜きの必要のないクリはそばに植えて育てていたようです。

縄文時代の遺跡から出土した植物の中には、
日本にはもともと自生(じせい)しない栽培植物があり、
簡単な栽培をしていたようです。

リョクトウ、ヒョウタン、シソ、エゴマなどが見つかっているとか。

その縄文時代の長い歴史の中で見つかっていないものが『武器』なのだそうです。

縄文時代は1万年以上も続いた時代ですが、
平和で穏やかな時代が続いたんですね。

過去に戻ることはできないですが、
武器のいらない時代はどんな感じなのかとても気になります。

その武器が必要となったのは稲作を始めてからとのこと。
その稲作も日本に伝えられて800年以上経ってから農耕が始まったとか。

原因は日本で食べ物が十分に手に入ったことと
稲作がめんどくさいと思われたようです。

最初からコメを愛していたわけじゃなかったのね。

それが農耕に移行したのは気温が下がって
木の実などの食料が今まで通りに手に入らなくなったことが原因だそう。

コメが伝わってすぐに農耕が始まったのかと思いきや、
800年は今までの生活を変えなかったわけです。

めんどくさい農耕から
八十八の行程がある神聖な食べ物にまで変えていった
時代の変遷も気になります。

土の時代から風の時代に変わっただけで大騒ぎなのですから
当時はいろいろ混乱もあったことでしょう。
それで武器が必要となったのでしょうか?
どんな様子だったのでしょうね。


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この記事を書いた人

花氣学鑑定師 希依

花氣学鑑定師の希依です。 心が軽くなる人と人の繋がりや名前から使命を読み解き、香りとお花で『ココロとカラダの整え方』を発信中/IFA認定アロマセラピスト20年/和ハーブインストラクター&フィールドマスター/趣味は植物園巡りとお散歩/自然治癒力学校メルマガ日常セラピーにも執筆しています。SNS↓もチェックしてね!

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