プロフィール

プロフィール
花氣学鑑定師の希依(きえ)と申します。
ようこそお越しくださいました。
私は自分のことを知ること、名前を知ること、日本を知ることから
心と体を健やかに保ち、前向きに生きられることなどをテーマに
その心が前を向くために必要なことやや方法、アイデアなどを発信しています。
色々な想いを経験してきた今だからこそ、
お伝えできることをとても幸せに思います。
ぜひゆっくりしていってくださいね!

花氣学と五十音(いわおと)のメッセージ
<ココロとカラダ>
今まで私が生きてきた中で実感したことは、
「健康である時間を延ばすことがとても重要だということ」
心と体の健康はたとえ老いに向かう人でも必要で、そのために何をしたらいいか?そんなことを学び、実践した時期でした。
2014年、両親を見送ったあとの私は疲れ切って体調も良くなく3日でかけたら2日寝込む毎日でした。
いいよと言われたことは全部やってみました。
その中で半信半疑にもならず実感できたことがやっぱりアロマテラピーとハーブ使いだったのです。
なぜそれが私を癒やしてくれたのかそれを読み解くためのたくさんのセミナーや講座にも参加してきました。その間に改めて西洋占星術や氣学などの鑑定方法を学び、姓名鑑定を学んだことで、自分を深く知ること、前向きに生きるために必要なことは全て心の中にあるのだと実感しました。
また日本自体の歴史や民俗学を知ることで、日本という国を知ることがもうひとつの癒しとなることがわかりました。
現在は
花氣学と姓名鑑定、潜在意識のセッションが自分自身を知るためのもの
和ハーブやアロマテラピーがその心を癒すもの
日本を知ることがその2つに確信を得て前を向くためのもの
として、ブログやメルマガでお伝えしています。
私がやっていることすべては前を向き歩いていくためのもの。
どれが欠けても私は完成していなかったでしょう。
回り道は最大の近道です。あなたが今やっていることも一切無駄がありません。
みなさんもちょっとだけ一緒に考えてみませんか?
略歴
大学卒業後、お香の卸問屋に就職。そこで香りの良し悪しは原料からということを学ぶ。
97年にお香のアンテナショップ立ち上げに携わりアロマテラピーと出会う。
ハーバートハウス、ロンドン・スクール・オブ・アロマテラピーでアロマセラピーを学び、2001年IFAのアロマセラピストに。
セラピストになったと同時に介護離職をし、自宅サロン兼介護の生活を2008年まで続ける。その後、介護専念のため休業。
2016年9月にheartbreath(ハートブレス)として仕事(アロマテラピー講師)を再開。
2017年2月より2023年6月まで自然治癒力学校メルマガ「日常セラピー」に花と香りからの心と体の健康をテーマに記事を執筆。メルマガ自体の終了に伴い卒業。
2021年8月より自分を知ることで未来に生かすための花氣学鑑定をスタート。11月には花氣学鑑定師という肩書きで活動しています。
花氣学鑑定師 希依
☆国際アロマセラピスト連盟(IFA)アロマセラピスト、PEOTアロマセラピスト
☆和ハーブインストラクター、和ハーブフィールドマスター
☆TCカラーセラピスト ☆フラワー心理カウンセラー ☆勾玉セラピストなど。
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<香りとの出会い〜子どもの頃の香りの思い出>
実は子供の頃、放ったらかしの子どもでした。
妹の体調がよくなく手間がかかったので、健康だった私は基本後回しだったのです。
おとなしくしなきゃ、怒られないようにしなくちゃ
本を読んでいれば怒られないことから、本の間から大人の様子を伺うような子どもでした。
だから子供の頃の香りといえば、本のインクの香り、紙の香り。古い本の香り。
それが寂しい時代であったけれど、怒られず心穏やかにいられた古い香りの記憶です。
そして、柑橘系の香り。
オレンジやみかん、グレープフルーツなどの香りが大好きでした。
前向きで太陽のようなエネルギーを持った柑橘類の甘い香りがリラックスさせてくれたのだと思います。
そして資生堂の「琴」母が大好きだった香りですが、私は大嫌いでした!
おしろいのような作り物っぽい香りが苦手だなと思っていました。
<アロマテラピーとの出会い>

最初に就職した会社がお香の卸問屋でした。
日本の香りのものに囲まれていた訳ですね。
各社のお香を扱っており、1束20円ぐらいのお香から、上は天井知らずという世界でした。
1997年にお香の会社でアンテナショップを作ることになり、
その準備段階でアロマテラピーに出会いました。
燃やしてしまうお香と違って、燃やさないことに一番衝撃を受けました。
しかも香水の原料?香水って合成の香りじゃないの?どうやって使うの?
そこからアロマテラピーの学びを始め、
お香と同じく天然の香料がどれほど素晴らしいのかということに気がついたのです。
2001年に国際アロマセラピスト連盟(IFA)認定のアロマセラピストになりました。
お香も天然のものと合成のものがあります。
いいものほど香りで心も体も満たされます。
いいものを使うこと。その大事さも学んだ時期です。
<介護の話>

アロマセラピストになった2001年に私はいわゆる介護離職をしました。
自宅でセラピーをしながら家族の介護をしてきましたが、
2008年には完全にサロンも閉めました。
それから介護中心の生活です。
精神的にどん底に陥りましたし、何も考えられない状態が続いたこともあります。
寝ていてもお風呂に入っていても呼ばれたら何をしていても最優先にそれをしなければなりません。
介護ってそんなもの。
って思っていませんか?
あることがきっかけで私はその泥沼のような状況を抜け出しました。
それは西洋占星術のセッションを受けたことです。
それまで占いなんてと思っていたのですが、心が軽くなったのです。
そのセッションで教えていただいた気持ちを切り替える方法もとてもわかりやすく簡単なものでした。
心を救うセッションというものが存在するのだということにとても衝撃を受けました。
私もこのように人の心を救いたいと思いました。
そのひとつが介護をしていると隠さないでそれを文字にして吐き出すことでした。
元々日記のようなブログを書いていましたが、
介護の時の生活にし、ネガティブな思いを溜め込んでいた私には気持ちを切り替える上で、重要なことでした。とはいえ、その当時の話は怒りが溢れた文章で、残してはあるものの見直したくないですね(笑)
それでも心には心境の変化が生まれ、ブログで怒りを吐き出せている分、両親には優しく接することができるようになっていきました。
子どもの頃から話したこともなかった両親と初めてたくさん話したのは亡くなる前の2年ほど。
その時に私も家族だったんだな、両親も私への溢れる愛があったのだなと実感できたのです。
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